あの絵を肴に

美術館愛をお酒を片手に語っております

かいちのかち展

「おせっかいち展」。

脳内親父ギャグが止まらない者としては、こう呼びたい。

 

武蔵野市立吉祥寺美術館、「小林かいち展」に行って参りました。(本当は1ヶ月程前に行ったけど)

 

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乙女は昔からお手紙好き。

今や電子メールやLINEなどの、手軽に文字のやりとりができるツールがありますが、大正時代と昭和初期、気持ちを文字にのせて送るのが億劫どころではない、むしろ大すき!❤️✨?という乙女達の文字のやりとりに華を添えたのが、叙情的で耽美でポップな小林かいちの絵です。

そのかいちが手がけた木版刷り絵葉書や絵封筒が展示されている展覧会。

 

さて、かいちの描く乙女は一様に線が細く、儚げ。

物悲しい。憂えてる。嘆いてる。

顔を手の中にうずめ、「あなた方は一体何がそんなに悲しいのだ」と言いたくなる。

ついさっきカレーを食べ、自分がカレーくさいまま鑑賞しているのが大変申し訳なくなってきます。

上の写真のフライヤーで使われている乙女は笑みを浮かべていますが、展示を見る限り、あんな笑顔はレア!

人には、笑った方がいいのはわかっているけれど、どうしても笑えない時期というのもあるもんで、だからレア笑顔の乙女の絵があると、「そんながんばんなくていい。もうお布団入ってお眠りなさい」と、ついおせっかいを言いたくなる。

 

加えて儚げな乙女達が身を沈めるのが多いのが、赤と黒の組み合わせのバック。

吉祥寺の赤で有名なのは楳図かずおさんの赤白ですが(先日も赤白ボーダーのカッパを着て歩いてらっしゃるのをお見かけしたばかり)、あちらは「ぐわし!!」や「サバラ!!」で元気いっぱいな印象なのに対し、かいちの赤黒は儚い少女達の不安をこちらにまで煽ってくるような、地の底を這ってくるようなものがあります。

 

でもそれは、何か小気味いいリズムで迫ってくる。

かいちの図案は少女から背景から小道具から、ちょっとした模様まで、すべてがテンポよく配されていて、それがかいちの絵が煽ってくる不安感をむしろ絶妙なスパイスに転じさせている気がします。

まるで少女が自身で持て余してしまういろいろな毒ややり切れなさを、かいちの絵が軽やかに小粋に昇華させてくれてるようでもあり。

例えていうならば、椎名林檎さんの曲のような。

アルバムなら「勝訴ストリップ」が一番印象が近いでしょうか。

まあ、かいちさんと椎名林檎さんは別物なのですが。

でも、椎名林檎さんの詩にやりきれない自分の胸の内をかぶらせ、カラオケで入りきって歌った経験のある女性は少なくないと思います。

あんな感じなのです。

自分の気持ちを、センスよく、ポップに、軽やかに、代弁し、気持ちのいい旋律で、浄化してくれる。

それと同じものを大正、昭和初期の乙女達はかいちの作品に見たのではないでしょうか。

そんなところがかいちの絵葉書や絵封筒が、彼女達に愛された理由だったのではないかと思いました。

あくまで個人的な感想ですが。

 

儚げな乙女の絵を見てたら、おせっかいおじさんは、これらを描いたかいちの事も儚く思えてしまってハラハラと心配になってきます。

が、きっと要らぬ心配なのでしょう。

今気楽に言える立場なので言っちゃえば、お客さんはともかく、お仕事相手の方が私の作品を見て「こんな経験されたんですか」的な事を言ってこられたら、はっきり言って、嫌。

でも、作品見た人にそう思わせたら勝ちなのです。

だから、今回のかいち展は、まったくの要らぬおせっかいで私にかいちの事を心配させた、かいちさんの完全勝利です。

 

ああしてやられた。

でもこの負けの、小気味のよさったら。

きっとかいちの絵の小粋で耽美な抒情性に気持ちよく浸かされたせいなのでしょう。

 

小林かいち展」、武蔵野市立吉祥寺美術館、観覧料100円でした。