あの絵を肴に

美術館愛をお酒を片手に語っております

あこがれの学芸員さん

実は、学芸員の資格を持っている。

持っているけどその片鱗をお見せする事はないでしょう。
「能ある鷹は爪隠す」ということではなくて、某喫茶店のマスターにいつも言われているように、「ねーもんはねーんだからしょーがねーよなぁ」なんです。悔しいけれど。
ねーんです、お見せする、能が。

でも下手に資格を持っているだけに、学芸員の仕事、やりたいなあとチラリと思ってしまうんですよ。
サブで。

…サブでできるわけないじゃーん!!

私の友人が某美術館の学芸員さんなんですが、彼女の外国人の旦那さまが言われるには、

学芸員、no life」

「no life」がどういう意味なのか、私も知っております。もう、イヤ!っというほど。

そんな学芸員の友人のトークイベントが先日ございました。
場所は下北沢、ビール片手に欲しい本が探せるという、素敵空間でのイベントでございました。

そのイベントを知った時、私が思った事、

「え?あなたしゃべれるの??」

いや、失礼に聞こえるかもしれないけど、決して彼女を見くびってた訳じゃないですよ?
ただ私が大勢の観衆の前で何かした思い出といえば、幼少の頃のピアノの発表会。
した、というよりやらかしました。
自分を見つめる複数の目々々の中で、頭がホワイトアウトして、誰もが知ってる名曲のはずが、意味不明の曲へ。
メチャクチャに操られたマリオネットのような気分で演奏し終わって、まるで同情票のような拍手を聞いた後の涙々々、そして鼻水鼻水&エンドレス鼻水。
大観衆の前で何かするなんて、こんな結果しか想像できなかったんです。

ところがどっこい。
彼女はやった。
しゃべった。
朗々々と。
いつもの彼女のように、おしとやかな大和撫子のように、でも凛として。  

あんな場で、しかも想定外の質問をされる中で、あんなにも落ち着いて微に入り細に入り、誠実に受け答えってできるものなのか。
これは基盤がないとできない。
学芸員としての知識としてはもちろんだけど、彼女一個人としての基盤。

見くびってた訳じゃないけれど、でも見直した。
というか、惚れ直しました。

美術館に行く人は、それが好きな人が行くんです。
だけどきっと学芸員さんは、好きすら超えた部分で対象物と対峙してる。
もう調べる事もやる事も多すぎて、人間らしい生活できてるのかどうかわかんないくらいいろんな事に追われちゃってるし、好きとか嫌いとかももうわかんなくなってるけど。
でもさ、ほんとのほんとはさ。

…好きなんでしょ?

ていうような。

たまに展覧会で、作品のそばにある長方形の解説で、それ、ものすごく超個人的な見解でしかないじゃん、っていうものがあるけど、その中に、もう、愛じゃんそれ?ってものがあるんです。

そういう解説をしてくれる、そんな学芸員さんがいらっしゃる美術館は、もう、ファンになっちゃいます。

大好きです。
愛のある美術館。

そんな美術館を探して、今日も隙を見てネットを漁り、そしてあそことあそこに行ってやろうと、目論むのです。