あの絵を肴に

美術館愛をお酒を片手に語っております

幸せな、「長ーーーーーーい一」日

読み方は、しあわせな、「なが〜〜〜〜〜いいち」にち、です。

「なが〜〜〜〜〜い〜」ひ、とも読めますが、違うんです。

 

地元の友人から、「豊田市美術館に一緒に行きませんか?」というお誘いを受けました。

友人が少ないので誘ってもらってすごく嬉しかったのですが、今ちょっと帰れる状況じゃないなぁと涙ながらに断った(だから友人が少ない)矢先、急に帰省する用事ができました。

豊田市美術館に行ける!

(でも結局タイミング合わずで一緒に行けず。誘ってくれてありがとう、Yッシー)

 

さてそんなわけで全国の建物が魅力的な美術館2位(私の中では1位!)に選ばれた豊田市美術館に、また行って参りました。

 

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曇り空の中でもやっぱりお美しい。

 

展覧会はこちら。

 

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ジブリの立体建造物展」と、「杉戸洋  -  こっぱとあまつぶ展」。

ちなみに後者は「すぎとひろし    こっぱとあまつぶ」展と読みます。

 

さすがはジブリ、そして車の町、駐車場からもう車が溢れそうで盛況ぶりを窺わせます。

 入り口の所にも行列整理用の囲いが(パーティションポール、またはガイドポールというらしい)。

でも行列はなかったので、今日の混み具合はまだマシな方なのでしょう。

 

真夏の炎天下で行列ができた場合のためか、コーヒースタンドが用意されてました。素敵。気が利いてます。

 

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チケットを購入。

母と一緒に来たのでシニア割引が適用されるか聞いてみたら、75歳以上からとの事。

「あら私、シニアじゃないのね。ヤングなのね」と喜ぶ母。

「はい、ヤングです」とかわいい笑顔で合わせて下さったチケットカウンターの方。

60代女子を気持ちよくして下さって、ありがとうございます。

 

さて「ジブリ立体建造物展」。

 

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子供がいーっぱい。

みんな目ぇキラキラさせて。

君たちのキラキラは、みんな一緒のものを見てるの?

それとも一人一人、違うものを見てるの?

君たちのキラキラの行方が、おじちゃん(最早おばちゃんではない)とっても気になるな。

 

展覧会には、千と千尋の油屋、トトロの草壁家、アリエッティの小人のお家など、ジブリの作品に出てきた建物をリアルに再現させたミニチュア模型が展示されております。

 

ミニチュア模型といっても見上げるほどの大物もあり。油屋の迫力たるや!

ハイジの山小屋のジオラマも。

青い空、白いアルプスの山々、緑の草原に放牧される牛と山羊、笑顔で駆け回るハイジとペーター、温かく見守るおじいさん、麓の町を走る汽車。

ヨーデルが聞こえそうな、なんとも臨場感ある幸せで牧歌的な風景。
私、ハイジになる!アルプスに住む!と、多分隣で見てた子供と同じ事を胸の中をキラキラさせておじちゃん、思ってしまいました。

 

ジブリ作品の制作資料のスケッチも、それはそれはたくさん展示されており、ジブリ好きはもちろん、建築・絵画好き、そして絵描きにもとってもおススメです。

ジブリの、物語をリアルにするためのこだわりとしての、建物や町へのこだわりがビシバシ伝わってきます。

私なんか本当に鞭で胸をビシ!バシ!っと打たれてるような気分でございました。

建物苦手なんですー。

定規とお友達になりきれないんですー…。

そんな私にいつか、さる定規の使い手&激ウマ絵描きの方が申されました。

「それじゃあ伝わらない」、と。

その言葉の意味をビシ!バシ!っと思い知らされるジブリの情熱のこだわりの制作資料群。

 痛い痛い、あー胸痛い。

がんばらなくっちゃあ。

 

 そんな、私にとっては飴と鞭であった展覧会は東京→長野を経て現在、豊田市美術館で開催中。9月25日まで。

その後、熊本市現代美術館に巡回するようです。

ジブリの、そして宮崎駿さんの町に対しての熱いこだわりが、熊本の方達の復興の力に、きっとなる事と思います。

 

 

 

その後、以前からとても気になってたレストランへ。

レストランからは豊田市内が一望できます。

 

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ゲリラ疑惑の空模様。

 

私は、林料理長のハヤシライス。

母はミートボールの入ったボロネーゼを頼み、半分こ。

美術館のレストランってお高いイメージがあったのですけど、一品料理は800円〜と、リーズナブル。

ハヤシライスが何十年ぶりだとか言ってたうちの母も嬉しそうに食べてました。

二つともとっても美味しかったですよ、林料理長

他のもまた食べに来ますね!

 

そして嬉しいのは料理とケーキセット(ケーキ+ドリンク)を一緒に頼んだらケーキセット100円引き(750円→650円。ハーブスやレモンドロップに比べてとても安い!)。

母はチョコとカシスのケーキとカフェラテ。

 

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美味しかった〜。 

私は白いモンブランローズヒップティー

 

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豊田市のホテルのケーキを取り寄せてるのですって。

それでも前日、名駅で買ったモンブランモンブランは金運アップのケーキ一位だそうな。だから迷った時はいつもモンブラン。ちなみに二位はレアチーズケーキ)より安いです。

そして美味しい!

女子二人、満足満腹でございました〜。

ごちそうさまでした!

 

 

さてさてお腹が満たされた後は、もう一つの展覧会。

杉戸洋  -  こっぱとあまつぶ」展。

このタイトル、とてもかわいい。

誰がつけられたのかしら。

杉戸さんかしら。

学芸員の方かしら。

 

紫の、ピンクの、ブルーの絨毯。

キラキラ絵の具。

破れたキャンパス。

綿とパイプ。

直線と丸。

じょうぎとぽよよん。

とても複雑なものを究極的に単純化したような。

とても繊細で、それでいてとても大胆な。

 

ジブリは作品の世界観の構築と共有のために、町づくりに強いこだわりを持っていたけれど。

こちらも杉戸さん独特の作品の世界観を肌で共有するためのこだわりの空間づくり。

お客さんは一歩展示室に入るだけで、その空気を全身で享受できます。

身体丸ごと異空間にさらわれる小気味よさとワクワク感。

体験型アミューズメントパークのような楽しさ。

 

ジブリと比べたらこちらは子供たちの姿をあまり見かけませんでしたが。

子供たちにとっても、とても面白いと思うんだけどな。

アミューズメントパーク的要素もそうなんだけど、杉戸さんの作品には子供が惹かれる要素がたくさんあると思います。

その魅力の一つはマネのしやすさかと。

いえ、実際には色んなものが物凄い緻密な関係性の上で成り立ってそうな作品群なので、本当にはマネはできないんですけれどね。

だけど杉戸さんの、パッと見、子供が描いたような単純化された作品は、子供が観て、「これだったらオレにもできそうじゃん!」と思われそうで。

家に帰って夏休みの自由研究かなんかで自分で描いたり作ったりしてみたりして。

自分でやったらできた!

自分でやったら楽しかった!

自分で描いたら楽しかった!

でら!でら楽しかった!!

(でらというのは愛知の「物凄い」の意)

 

そういう体験をしてもらえるのにとても適しているような気がします。

杉戸さんの色使いや使われる材料は、子供をワクワクさせるものだと思うし。

 

私もそうでしたが、ひと夏の展覧会の思い出は、子供が成長していくにつれ、いろんな思い出の下に埋もれていきます。

だけど潜在意識下に埋もれたそんな思い出は、その子供のこれからを形成する為のささやかな、けれど貴重な1つの鍵、パズルの1ピースになり得るかと。

 

そうそう。

ジブリのスケッチもとてもいいと思います。

キッチリ描かれた方じゃなくて、とってもラフに描かれてる方。

ガシャガシャ描いてるだけじゃんね!オレにだってできそーじゃんね!

↑挑戦への意欲(愛知はじゃんねを多用する。少なくとも私がいた頃はそう)

 

そんでそれっぽく描いてみる。

描けたじゃんね!オレ!

でら!やるじゃんね!オレ!

なんか楽しーじゃんね!!

 ↑成功体験

 

てなるのではないかと。

まあ実際にはそんなうまくいかないだろうし、ジブリのラフスケッチも、背筋が凍るほどお上手なのですが。

 

杉戸さんの展覧会、くどいようですが「杉戸洋                   -  こっぱとあまつぶ」展といいます。

私、現代美術に疎いうえ、いろんな展覧会も頭をとっちらかしたまま観てるので、いつまでたっても美術に詳しくなれず、杉戸さんの事もこの展覧会まで存じ上げなかったですし、名前を見ても「すぎとよう」さんだとばっかり思ってました。

ではもう一度展覧会の正しい読み方を。

「すぎとひろし     こっぱとあまつぶ」展でございます。

こちらです。

 

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これをうちの母は。

 

「すぎとよういち?

   こっぱとあまつぶ??」

 

と読みました。

 

よういち。

 

長〜い、長〜〜〜い「いち」ですね、お母様!

 

うちは父が堅物で気難しい人だったので、冗談を言う文化がございません。

だけどなんとなく家族が長閑でいられたのは、この母のおかげなのだと思います。

今日はこんなお母様と美術館に来られて、とっても楽しかったです。

これからもどうぞそのままで。

ふつつかな娘より。

 

それにしても豊田市美術館に着いたのが12時頃、常設展も観て(こちらもとても豪華!)閉館の17時半迄、あっという間。

前回観られなかった高橋節郎館も観ようと思ってたのに今回も観れず、残念、また次回。

お茶室できれいなお茶菓子もいただいてみたいし、本当に一日中入りびたれる場所だと思います。

そして幸せな気持ちになって帰してくれる美術館。

 

そんな私の地元の豊田市美術館

また来させていただきますね。

うちの愉快な母と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国国がみてた

6月下旬までだと思いこんでいたこちらの展覧会。

6月5日までだとひょんな事で知って、慌てて行ってまいりました(なので現在展示はもう終わってしまっております…)。

 

Bunkamura ザ・ミュージアム「俺たちの国芳・わたしの国貞」展

 

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豪気な国芳

 

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粋な国貞。

 

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何度でも見たいこのお二人。

展覧会終盤、そしてやはり人気者なだけあって混雑しておりました。

もうちょっと早目に来ればよかった、といつもの後悔のパターン。

この混雑では自分のペースでは観られないなと思い、まあ何度か観た絵もあるし、と一歩ひいて、絵と、それを観る人々と、会場全体の雰囲気を楽しむことにして、人々の肩越しに国芳・国貞を眺めていたら、とある少女に目が行きました。

セミロングの黒髪の眼鏡。

年の頃はおそらく12、3、4の、華奢な少女の手元。

握りしめた鉛筆を絶え間なく動かし(早!!)、彼女が気に入った国芳・国貞の絵を、左手のノートにもの凄いスピードで描き写していました(うま!!)。

 

少女の猫背の斜め後ろから一瞬で釘付けになっていたのですが、いつまでも張り付いて見てるのも怪しいので、我に返って展示に目をやるも、今この瞬間、少女が何をどう描いているのか気になって気になって。

 

「美味しいもの食べさせてあげるから後でおばちゃんとお話しない?(お友達になりたい)」という口説き文句なんかもチラッと頭をよぎりつつ、彼女と国芳・国貞の蜜月の時間に水を差してはいけないと打ち消して。

ちょっと展示を観ては少女の艶やかな黒髪を探し、手元が見える位置までまたちょっと戻るという(けれど混雑してるのでそこまで辿り着けない)、こうやって書いてても完璧に怪しい人でした自分。

 

展示場の終わりにあるミュージアムショップでレジに並んでた時、後から入って来た少女が何を買うのかも気になってやはり彼女を目で追っかけて(ガチャポンがカゴに入ってた。こういうところ、少女っぽくてかわいい)。

自分の会計が終わって出口の扉を開ける時も「美味しいもの食べさせてあげるからおばちゃんと交換絵手紙しない?(お友達になりたい)」的な口説き文句がまたチラリ頭をよぎり。

 

怪しさ全開。

自分がこんな風に声かけられたら速攻頭の中で警戒アラームが鳴る。

自分の友人達が心配になってくる。

その時手に持ってた名古屋土産をこの後渡す友人も含め、どんな風に友達になったのかもう思い出せない人もいるけど、こんなのと友達になるなんてちょっと警戒心なさすぎるんじゃないのか。

大丈夫かな。

心配だな。

今でも友人でいてくれてるそんな人々に感謝しつつ、やはり我が身も省みずにはいられない。

 

自分もあの子の年齢の頃からがっぷり四つで描いてたら。

いや家では描いてたけど(授業中でも)、もっと所構わず描くみたいなガッツが一瞬でもあったなら、今もうちょっと違ってたんじゃないだろうか。

 

あの子は一生懸命国芳と国貞の絵を観て、描いてた。

一心不乱と言っていい。

私がたびたび彼女を気にしてた事だとか、他の人の目なんかも、ちっとも意に介してなかった。

そんな彼女をぐるりと国芳・国貞の絵が囲んでた。

展覧会から数日経った今思うと、それはまるで国芳・国貞が彼女を見ているようにも見えた。

百年以上経ってもなお、着物じゃないヘンテコなものを着るようになった未来の子供が、自分達の描いた絵を一生懸命観て写して、自分のモノにしようとしてる。

 

きっととても誇らしくて嬉しい事なんじゃなかろうか。

「やっぱり描いてきてよかった、いつの時代にもたくせるヤツがいるんだ」って思うんじゃないかな。

 

あの少女は将来、どんな絵を描く人になるんだろう。

少女の未来に想いを馳せる。

 

展覧会の外に出ると、国芳の猫がいた。

「お前のことも見ておるぞ」と、おどけて言われてるみたいだった。

 

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青い鳥美術館ー豊田市美術館

 

私の実家は、愛知県豊田市にあります。

文字どおり、豊かな田んぼの市でございます。

田んぼと畑と山に囲まれて工場があり、蛙の合唱で賑やかな田んぼの畦道を車が走ってる様子を、どうぞ思い浮かべて下さい。

それが豊田市であります(言いきった)。

こんな田舎っぷりも実は自慢だったりするのですが、先日の里帰りで物凄い発見をしました。

 
それがコチラ、豊田市美術館です。
 
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うららかな陽気と長閑な田舎風景の中。
涼し気に佇む美術館。
SNSを始めてから、「すごくきれい!」とか、「カッコイイ!!」とか、その評判を目にする機会はたくさんありましたが、実物を前にすると本当に、美しい。
息を飲む美しさ。
建築の事はよくわからないけれど、建物でこんなにときめいたのは初めてかもしれません。
こんな美しいものがこんな田舎にあったなんて…!
ギャップ萌えとでもいうのでしょうか?
このときめきは、きっとこの建物が内包しているもの達への期待感もあったかもしれたせん。
 
美しい豊田市美術館の中身の、現在催されている展覧会がこちら、「デトロイト美術館展」。
 
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アメリカはデトロイト美術館の選りすぐりの名画たちが豊田市美術館にやってきてるのです。
そしてなんとこの展覧会、平日は写真撮影OK、とのことなので、
 
パシャー。
 
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パシャー。
 
 
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パシャー。
 
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マティス!!!
 
私、写真の腕はイマイチなのでひとまずこの辺にしておきますが、他にも展覧会のカオになってるゴッホ、さらにゴーギャン、モネ、ドガ、セザンヌ、ルオー、クールベ、ボナールや、ピカソなど(ピカソ含む一部作品は著作権保護でSNSでのアップが禁じられている作品もあります)、誰もが聞いたことのある画家の、誰もが一度は見たことのある名画揃い。
 
いいの。
こんなにたくさんの名画がこんな片田舎に来ていいの…!?
 
と、ドキドキしながら観てまわりました。
写真撮影可の展覧会も初めてだから、パシャー、パシャー、と写真を撮りまくりながら。
うっかりフラッシュをたかないように、シャッター音が出てくる所を指で押さえ、なるたけ音が小さくなるように。
でも初めてだからか、これがまた楽しくて!
 
それで興奮しちゃって、ついうっかり、スマホを絵に近づけすぎちゃって、スタッフの方に注意されてしまいました…。
ごめんなさいm(_ _)m
友人同士で展示作品の前で記念撮影されてた方々も注意を受けてました。
楽しいから、ほんと、ついうっかり、ですね。
気をつけましょう。
 
そんな撮る楽しさもあるのですが、なにしろ名画揃いの展覧会、観る楽しさも忘れてはいけません。
写真だけでは画家の息づかいとも思える迫力ある筆使い、ふくよかで重厚感のある彩色、そしてそこに画家が一番刻みつけたかったものが、感じきれないように思います。
ひとりよがりでも、画家と一対一でコミュニケーションがとれる楽しさ。
その楽しさがあるのが、自分の目で直接絵と対峙して観る事にあるように思うのです。
 
 
私の中で特に印象に残っている絵がこちら。
 
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パウラ・モーダーゾーン・ベッカー
「年老いた農婦」
描いた彼女自身は31歳の若さで亡くなってしまうのですが、若い彼女の、勤勉で実直な年老いた農婦に対しての尊敬の念が感じられ、膝元にある一輪の、黄色く小さな可憐な花にもそんな思いが込められているようで、とてもいじらしい作品。
こんな風に歳を重ねられたら。
 
それから、オットー・ディクスの「自画像」。
こちらの作品の写真はSNSへの投稿ができないので撮らなかったのですが、藤田嗣治ばりのオンザマユゲで切り揃えられた前髪、無骨な表情でこちらをガン見して、手には一輪のカーネーション
青年らしい青さが際立つ、爽やかな青い背景のこの自画像を描いたドイツの青年ディクスは、第一次世界大戦に従軍、のちに戦争の悲惨さを表現する画家となり、それがためナチス政権に嫌われ、退廃芸術家として多数の作品の没収、美術アカデミーからの追放なんて目にあってしまいます(戦後にはアカデミーに復帰)。
 
人に歴史あり。
多くの画家さんや、多くの人にそう思いますが、この青い自画像を描いたドイツの画家の事を今まで知らなかっただけに、感じ入ったものがありました。
私も戦争、嫌いです。
 
さて、こんな風に楽しんで観て、楽しんで撮ってきた名画達。
せっかく手元に写真があるのだから、帰った後も楽しまない手はないのです。
さあどうしましょう。
 
観て、撮って楽しいなら、描いてもさぞ楽しかろう!と思い、描いてみました、デトロイト美術館展の名画のいくつかを。
もう何年も前に買い揃えて以来、ずっと使ってなかったペンを引っ張り出して。
描き始めたら時間がいくらあっても足りないという事はなんとなくわかるので、時間制限を設けます。
イムリミット、5分!
さあ、できるかな?
スタート!!
 
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…5分、超えちゃった!
音楽聴きながら描いて、4曲くらい通り過ぎた気がする…!
 
元の絵がこちら。
 
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カロリュス・デュラン
「喜び楽しむ人々」
 
「よくもまあ元の絵を出す気になれたな」という声が聞こえてきそうですが、いやなに、久しぶりに使ったペンですから!
人物、4人もいるし!
大変だったの!
次はもっとシンプルに!
この絵はね、中学の美術の時間に模写した記憶もある。
だからきっともっと上手く描けると思うよ!
 
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…音楽が3曲くらい通り過ぎた…。
二度目の模写なんだから、もう少し余裕持ててもよかったんじゃないかしら…?
 
元の絵がこちら。
 
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「白い服の道化師」
 
いやはやルノワール先生、素晴らしい。
ただただ頭が下がります…。
次はガシャガシャ描いてもそれっぽく見えるものにしましょうね、うん。
 
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…ガシャガシャに見えるから簡単なんて、とんでもなかった。
もちろん5分では描ききれず。
 
 
元の絵がこちら。
 
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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー
「月下の冬景色」
 
…ガシャガシャに見えても、奥が深いんですねぇ、キルヒナー先生。
ガシャガシャに見えるから簡単そうとか思ってごめんなさいねぇm(_ _)m
 
模写しても下手クソは下手クソなんだから、せめてボケるくらいのユーモア見せろ!なんて言われそうだけど、無理っス!
そんな余裕、ないっス!!
筆(ペンですが)を進めれば進めるほど、自分の手元と実際の絵とのギャップにただただ唖然とするばかり。
 
すごい、すごいんですよ、さすが名作を後世に遺された画家先生達…!
自分の下手クソさを思い知らされたのならそりゃアンタ、あんまり楽しくなかったんじゃないの?と思われるかもしれませんが(まあ多少、落ち込みますが)、夢中になれるんです。
思い知れば知るほど。
その絵の素晴らしさの秘密が目の前でつぶさに紐解かれてゆく感じで、5分なんて、アッと言う間。
もちろん秘密は解ききれません。
だから時間制限を設けないと、本当にえんえんえんと描き続けてしまう。
それくらい、夢中になっちゃう。
やっぱり、楽しい。
絵描きですからね、下手クソでも。
楽しいと思えた事も、また嬉しや、なのであります。
 
こんな風に、観て、撮って、描いて、存分に楽しませていただいた、豊田市美術館、「デトロイト美術館展」なのでありました。
 
さて豊田市美術館、これだけではありません。
常設展も物凄い事になっております。
 
海外の作家ではアンソール、クリムトエゴン・シーレ、ベーコン、ダリ、マグリット等。
 
 実に錚々たる顔ぶれの作家の作品群が、なにくわぬ顔をして展示されているのです。
 
あれ、ここ田舎だよね?
豊田だよね??
と、自分が知ってるはずの世界とは違う、異次元空間に迷い込んだような、眩暈のようなものを感じながら、豪華すぎる展示を、夢見てるような、覚束ない足取りで観てまわりました。
(この展示での最たる収穫は、宮脇晴という画家と、ミュージアムショップでは宮脇晴の妻、宮脇綾子というアップリケ作家(←かわいい!)を知れたこと)
 
そして豊田市美術館の美しく現代的な建物に相応しく、まるで建物の一部になってるかのような現代アートも展示されています。
現在は山本富章「斑粒・ドット・拍動」展と、「絵画凸凹」展。
それぞれの作品にそれぞれの贅沢な展示空間。
洗濯バサミ14,000個を高さ約10mのガラス壁に規則正しく配置されている山本富章「bugs」は圧巻。
あんぐり。
 
美術館の二階からは豊田市内が一望できます。
 
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真ん中に見えるのが、最近とある人気サッカー日本代表選手によるアモーレ旋風が巻き起こった豊田スタジアム
スタジアムのまわりを囲む田んぼの蛙達も、声高らかに祝福の歌を捧げたことと思います。
そのスタジアムの左隣の白いのが、私が帰省した直前に「橋の下世界音楽祭」が催された豊田大橋。
飲み物とか食べ物とか、歌とか踊りとか、プロジェクトFUKUSHIMA!+珍しいキノコ舞踊団とか、面白そうだった!
来年はぜひ行きたい!!
 
さて、 中の展示を観終わったので外に出てみても。
 
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庭に出てみても。
 
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どこに目をやっても、どんな風に切り取っても、アート空間として成り立っているところがすごい。
そんな抜かりのなさでも全然息が詰まらない。
 
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この池の淵で一日中ぼーっとしていたいくらい、ゆったりとした寛ぎの空間。
 
14時に行って閉館の17時までいましたが、それでも足りなかったです。
 
地元にこんな良い美術館があるなんて、地元に住んでた頃は知らなかった。
というか、見向きもしなかった。
うちは転勤族だったし、転勤から帰っても私は大学卒業と同時にさっさと家を出たし、何より素敵なものはみんな遠い遠い、外にだけあるのだと思ってた。
こんなに近くにあったなんて。
離れてから気づくなんて、もったいない事したよなぁと、痛感いたしました。
まさに、私にとって幸せの青い鳥のような美術館です。
 
鳥といえば、鳥好きで大変気さくな、このブログにも何度かご登場いただいてる豊田市美術館の館長さん(私の中であだ名はダンディーバーディー館長さん)はじめ、ツイッターで何人か学芸員さんをフォローさせていただいております。
私の友人も学芸員なのでおぼろげにわかるのですが、大変なお仕事の中、皆さん本当に真摯に作品と向き合ってらっしゃって、だからこそ私達は素敵なものが観られるのだなぁと、改めて感謝しております。
都会には都会の。
地方には地方の。
それぞれの美術館の良さがあって、わざわざここまで来てよかったって思える美術館は、きっといくつもあるんじゃないかと思います。
 
その中でも豊田市美術館は、間違いなくそういう風に思わせてくれる、本当に素晴らしい美術館なのです。
 
 
 
 
 
このブログは一部、デトロイト美術館展の図録を参考にさせていただきました。←この図録もまた素晴らしかった!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

レスキュー・人を、地域を、文化を。

ある地域が壊滅的な被害を受けたら。


まず、人を助ける。
次に人が住む地域を助ける。
そして次に、人と地域が育み、育まれてきたものを助ける。
いわゆる文化といわれるものだ。
文化は、土地と人を、人と人とを繋ぐ。
生活の拠り所になるものだ。
その文化が欠けていたのでは、真の復興にはならない。


その、人々の生活の復興に欠かせない文化財のレスキュー活動の状況を伝える展覧会が、東京藝術大学大学美術館で開催されている。
「いま、被災地からー岩手・宮城・福島の美術と震災復興ー」展である。

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東北という土地柄が、東北の人々に、東北に縁のある作家達に、どのような影響を与えてきたのだろう。
展覧会はまず地下一階、東北で生まれた作家、東北で過ごした事のある作家、東北にお嫁に、または移住してきた作家など、東北に縁のある作家達の作品の展示から始まる。(写真は、外の看板から撮ったもの。水滴がついてるのは雨の日だったからです)

様々な作家の、様々な作品の、様々な作風の展示。
人物画あり、自画像あり、風景画あり、抽象画あり。
彫刻、そして工芸品も。

一番最初に出迎えてくれるのが、会津が郷里の酒井三良、「雪に埋もれつつ正月はゆく」。
お出迎えに相応しい、寒い寒い東北の、温かい作品。

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厳しい寒さの東北だからこそより伝わる、優しくて、本当に暖かい家族の絵。

そしてこちらも優しく、暖かく、可愛らしい、福島・白河が郷里の関根正二、「姉弟」。

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思い出の匂いのするような作品。
関根正二の絵は、もう一点、「神の祈り」も。

東北の作家で広く知られている作家といえばやはりこの方か。

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岩手県出身の萬鐵五郎、「赤い目の自画像」。
萬作品の荒々しさ、ラフさ、熱っぽさ。
これはやはり岩手という土地が、萬という作家に作用してできたものなのだろうか。
萬の作品は他にも二点あり、ドキッとしたのが「地震の印象」。
人物も建物も風景も、空までもが本当に激しく粗っぽく描かれており、悲惨なイメージを彷彿とさせる色使いではないところが、なおさら普段の生活の中で突然起こる地震という現象の脅威を表しているようで、そして実際それがこの絵が描かれた次の世紀に萬の出身地で起きているという事が、なんとも言いようのない気分に
させる。

同じく三点展示されていた松本竣介

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松本は少年期を、岩手の花巻と盛岡で過ごす。
その頃に熱病で聴力を失った、松本の言葉。

絵筆をかついでとぼとぼと
荒野の中をさまよえへば
始めて知った野中に
天に続いた道がある
自分の心に独りごといひながら
私は天に続いた道を行く

耳が聞こえない世界に突然放り出された松本が、兄からもらった油絵道具を手に胸に、岩手の自然の中を行くイメージが湧く。
聴力の代わりに目で音を聞くようになった松本の視界が捉えた岩手の風景も、二点展示されている。

この方は優男風の柔和な風貌にも関わらず気骨のある方で、戦争のために国家に協力的な絵を描けという軍のお偉いさんのお言葉に対し、真っ向から反論して、周りの人をハラハラさせた。
同じ年に、写真の「画家の像」を発表。
耳が聞こえないため徴兵検査に通らない松本の、一人の人間として、絵を描いて成長していく事、そしてそれで家族を守っていく事の覚悟と決意とを表しているようだ。

36歳という若さで亡くなった松本。
彼を敬愛していた、澤田哲郎の絵もある。

そして彫刻では、この松本竣介とは盛岡中学で同級で、松本が亡くなるまで親しい交友関係にあった舟越保武
天童荒太の小説の表紙によく使われている彫刻の作家、舟越桂の父である。
なるほど、そうやって見ると清らかな静けさを湛えた作風は父から息子へ確かに受け継がれているようだ。
父・舟越保武に影響を与えた同じく岩手の彫刻家、堀江尚志と吉川保正の作品も展示されている。
堀江、吉川→舟越・父→舟越・息子へと、岩手を代表する彫刻家達の系譜が感じとれる。

舟越保武と同じ年に宮城で生まれ、同期として東京美術学校(この展覧会会場の現在の東京藝術大学)に入学し、共に研鑽を積んだ佐藤忠良
彫刻家ながら、絵本「おおきなかぶ」の挿絵を描いた方だ。
この展覧会では、「帽子・夏」が展示されている。
ダンな感じ。
その「帽子」シリーズとはまた打って変わって、ああ、やっぱりこの人が「群馬の人」を作ったのだ、という事を実感する土着的な「常磐の大工」。

土着的といえば岡本太郎に「おまえはそこ(東北)で闘え!」と言われた岩手の村上義男の絵もある。

絵が描ける場所は東京だけじゃない。
東北の作家達は、東北の人々が東北でも美術が学べるように尽力してきた。
東北で美術研究所を開設し、美術展を創立し、大学で教鞭をとり、後進の育成に励んだ。
功を奏して東北は、作家性に富んだ様々な作家を生み出してきたようだ。

東北という地がそれぞれの作家の作家性にどのように作用してきたのか。
酒井三良のぬくもり、関根正二の思い出、萬鐵五郎の熱、松本竣介の透明な気骨、舟越保武の清らかな静けさ、佐藤忠良のモダン&土着。
他にも今でも東北の人々に愛されている作家達がたくさんいる。
彼らはその独自の作家性でもって東北人の自分を描き、東北の人を描き、東北を描いた。
彼らの作品はそのまま東北の人々の目に郷土の風景と重ねられ、根付いてきた。

より個人的であり、より地域性がある事は、より世界に共通していく事だと、誰かが言っていた。

とても広く、美しい東北。







場所が変わり、エレベーターで三階へ。
ここからは東日本大震災が東北美術にもたらした影響を見ていく。
飛び込んでくるのが、力強い木彫りの男達。
高橋英吉の、「海の三部作」。

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石巻出身の高橋英吉は若い内から才能を発揮し、将来を嘱望されるも、31歳で戦死してしまう。
写真は「海の三部作」の一つ、〈潮音〉。
この〈潮音〉は、高橋が散ったガダルカナル島日本平和公苑にて、ブロンズ像が建立されている。
彼は出征後も多くのスケッチを描き、木を掘り続け、輸送船の中で拾った流木に手製の彫刻刀で不動明王を掘り、それが遺作となった。
展示場にはそのスケッチ群と、手製の彫刻刀と不動明王像も展示されている。

この高橋の作品を多く所蔵していたのが石巻文化センターだ。
同センターは地域の総合博物館だった。
美術品だけでなく、考古、歴史、民俗等の資料も多数収集していた。
東日本大震災では津波によって施設は損壊、閉鎖を余儀なくされ、周辺市街地も壊滅、学芸員も一人亡くなっている。


岩手で最も被害が大きかったのが、陸前高田市立博物館。
二階天井まで津波が襲ったという同館の被災後の写真。
天井から瓦礫がぶら下がっている。
各階の床も、人の背丈以上ありそうなあらゆる種類の瓦礫が津波によってものすごい密度で放り込まれ、置き去りにされた様子が伺える。
職員の方も六名全員、亡くなった。

その陸前高田市立博物館の裏手にある陸前高田市体育文化センターの敷地に設置されていた柳原義達ブロンズ像、「岩頭の女」。
高さは2.4m、台座の重さは30トンにもなる。
津波はこの台座を女性の像の足首からもぎ取り、さらに20m転がし、天地をひっくり返していった。
両足を失くしたブロンズ像の下半身にはたくさんの裂傷、陥没が見られ、両足と同じく津波によって失った左手には、ポッカリとした黒い穴が空いている。

福島の美術館・博物館では地震津波そのものによる大きな被害はなかったようだが、一番大きな問題となったのが、やはり原発事故による放射能汚染の問題だ。
美術館、博物館が再開されても海外巡回展中止、出品停止が相次いだという。

警戒区域に指定された地域では、多数の文化財が置き去りに去れ、救出もままならない状態が震災から一年以上も続いたらしい。

それぞれの地域の被災状況によって、文化財のレスキュー活動の内容も変わってくる。
その模様が、パネルでも丁寧に紹介されている。
本当にひどい状態から、多くの人の多くの手による、途方もない作業過程を経て、作品が蘇っていくさまが見てとれる。
携わった方達と、蘇った作品に、頭が下がる思いがする。
この模様は展覧会で無料で配布されるリーフレットにも記載されている。
本展覧会は図録の販売はないけれど、この36ページのリーフレットが本当に見応えのあるものになっている。
文化財レスキューに携わった方々の思いがひしひしと伝わってくるようだ。




展示場には、震災以降に作品を発表した東北の作家達の作品もある。

福島に縁のある写真家・瀬戸正人氏の「セシウム」。
福島、セシウム、水溜り。
不気味にテラテラしている。

岩手県大船渡市の作家、佐藤一枝氏の「Sewing 2011-2016」。
刺繍枠に白い布を張り、中には震災後、佐藤氏が自分の部屋の土砂から見つけた記事の紙片やフィルムが挟まれている。
それが、白い布を通して見える。
その刺繍枠が規則正しく並んでいる。
震災で死んだ思い出に対しての、心を込めた厳かな葬儀のようだ。

宮城には青野文昭氏、「ここにないものたちのための群像ー何処から来て何処へ行くのかーサイノカワラ・2016」より「なおす・代用・合体・連置」シリーズ。
青野氏は震災後、閖上で収集した物を、家具などと組み合わせて作品に仕上げている。
青い上着に洋服箪笥、灰色の靴に靴箱など、誰かが実際に着用していただろう物からぼんやりと人型が浮かび上がっている様子は、震災で亡くなった方達の亡霊のようにも思える。
けれどタイトルを改めた見直すと、「なおす」とある。
青野氏ご本人の意図はわからないが、震災で打ち捨てられた瓦礫やゴミとなるはずの物達を、本来の使われ方に蘇らせているのか。

福島の施設では地震津波そのものによる大きな被害はなかったと前述したが、やはり個人のアトリエでは被害があった。
福島に御家族と共に住み、アトリエを構えられていた彫刻家、安藤栄作氏は津波でアトリエが流され、多くの作品を失い、今は奈良に住まわれている。
その安藤氏の手記がある。
ぜひとも読んでいただきたい。

復興への思い
"「3.11」を超える作家たちへ"

震災後に生きる作家達に伝えたい事。
この展覧会では安藤氏の「約束のつばさ」が展示されている。





「世界人であればあるほど寧ろ益々郷土人なのである」
岩手県出身の在京作家たちを中心に結成された洋画団体「北斗会」の緒言にある一文である。
(本展覧会のリーフレットより)

郷土は人の身体に根付く。
近くに在りてより案じ、遠くに在りてより疼く。

2011年3月11日、東北を襲った東日本大震災
、郷土にいながら郷土とはまったく別の地へ、東北の人々を吹き飛ばした。
強制的に、一瞬の内に。
郷土を郷土たらしめんとしたもの達が、瞬く間に崩壊した。

復興。
もう戻らないものを思い、心を痛ませながらなお、残った断片たちをかき集め、また新しく甦らそうとする事は、とても大変でしんどい事だろう。

この展覧会で展示されている作品の東北の作家達は、実際に被災された方達もいらっしゃれば、境遇や状況の違いはあれども、自己の中で一度世界が崩壊し、その中からまだ根付いているものや残がいをかき集め、見つめ直し、そこから自分が何を作れるのか模索して、そうして彼らの作家性をより確立していった方達もいらっしゃるように思う。
だから展示を観ていると、こちらまでその力強さが伝わってくるような気がする。
その力強さこそ、東北の作家達が東北の人々に愛されてきた理由なのだろう。

その力強さがこれからもより多くの人々に届いていきますように。
東北で生きていく人にも。
東北ではない地域で暮らしている人にも。

今、ここから何ができるのか。
改めて考える。

ぜひとも多くの方に足を運んでいただきたい展覧会である。






今回の記事は、「いま、被災地からー岩手・宮城・福島の美術と震災復興ー」展で無料配布されているリーフレットと、文化財レスキューに携われている豊田市美術館館長さんのツイッターからの情報と、「松本竣介 線と言葉」・平凡社刊などを参考にさせていただきました。






























遊泳 in space called 萩尾望都

才能。
エンターテイメントやアートの世界に身を置く者は、この言葉に敏感だ。
生き残りを左右する言葉だからだ。

「才能あるからかきなさい」
「才能あるから続けなさい」
いわゆる編集さん、プロデューサー、マネージャーと呼ばれる人達は、エンターテイメントやアートのリングにあがった者達に、こう声をかける。
リングに上がり続けさせないと、使いものになるかどうかなんて、すぐにはわからないからだ。
私もかけられた。
社交辞令だと受け流してきた。
疲れ果ててリングで起き上がる力を失くして、呆然としてる時にも言われた。
一瞬冷ややかな目でお相手を見た。
「才能の扱い方もわからないくせに」、と。
わかるわけないのだ。
自分ですらわからなかったのだから。
小才は、「才能」に振りまわされる。
大いなる才を有する者はどうなのだろう。

漫画家・萩尾望都さんの展覧会が、武蔵野市立吉祥寺美術館で開催されている。
萩尾望都SF原画展」だ。
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少女漫画界を牽引してきた、いわゆる「花の24年組」と言われる方々のお一人だ。他には竹宮惠子さん、大島弓子さん、山岸凉子さん、木原敏江さん、青池保子さん等、錚々たるメンバーがいらっしゃる。

人は異次元の才能を持つと思われる人を、安易に「天才」と呼びたがる。
それこそ人の気も知らずに、だ。

私も萩尾さんの作品は何作か読んでいてすでにすごい方だという事は存じ上げていたのだが、展示室に入って一番最初にある萩尾さんの原稿を観て「てて天才…!」、と思った。
「あそび玉」という作品だ。
萩尾さん、この時21歳。
21歳!?え〜〜〜!!大人〜〜〜!!!
絵の上手い人はいっぱいいるのだが(もちろん絵もすっごく上手…!)、なにしろ21歳の萩尾さんの視点にびっくりだ。
女性の21歳と言えば、彼氏だのオシャレだのスイーツだので、まだまだ親のスネを齧って、遊びほうけている子供みたいな子が多い年齢のように思う(私は色気もなく単純にほうけていただけだが)。
萩尾さん21歳の視点は、そんな親や世間からただ与えられるだけの心地よいフワフワした世界の安直な価値観の中にない。
自分の方から探し、感じ、識っていく人のみがみている世界からの視点だ。
だから作品の一部、ほんの一、二枚の原稿だけでもとても読み応えがある。
作者の感じた真実が、そこに描かれているからだ。
萩尾さんはこの視点を21歳で、いやおそらくそのずっと前から、確立していた。
ものすごい才能を感じずにはいられない。

ちなみにこの「あそび玉」、生原稿はなぜか行方知れずだそうで、展示されてるものは再掲の際にゲラからおこしたものなのだそう。
ゲラそのままで印刷するとやはりあまりきれいに印刷されなかったらしく、ホワイトの修正の跡がいたるところに見られる。
これがもう気が遠くなるような大変さを彷彿とさせるのだが、ファンにはこの生ホワイトの跡こそ、ヨダレものだろう。

この「あそび玉」から、初期の読み切り、連作ものの原稿が続き、有名な連載作品の展示になる。
「11人いる!」は、ずっと読んでみたいな、と思っていたが、今回の展示で改めてまたその思いを強くした。
すっごく面白そう!

「スターレッド」。
引っ越しをした同じ学校のお姉さんから譲り受けた漫画で、萩尾さんのすごさを初めて知った作品だ。萩尾作品の中で、もしかしたら一番好きかもしれない。
今回の展覧会のカオになってるのもこの作品の主人公、星だ。f:id:eleventons:20160515073234j:image

火星を舞台にした作品で、火星に移民した地球人がやがて白髪・赤眼の火星人になり、その末裔の星の運命を描いた壮大で、孤独で、美しい作品。
これは私なんぞが語ったら逆に作品のイメージを台無しにしてしまいかねない。
ぜひとも実際に読んでいただきたい。 
私はただのアホなファンなのだ。
展示を眺めながら、「わ〜、1巻と2巻と3巻の表紙だ〜!美し〜!!」と、一人で勝手に胸中で足をバタバタさせていた。なんなら少し鼻息まで荒くしてたかもしれない。

萩尾さんが少女漫画というジャンルを超えて、初めて少年誌に挑んだ「百億の昼と千億の夜」。
今まで少女誌で掲載されてた作品だって、男でも女でもどんな人でも楽しめる作品だったのだ。
萩尾作品が楽しめるのは少女だけ、なんてもったいない。

萩尾さんは初めて少女漫画家として、SF小説の表紙を手掛けた方でもある。
萩尾さんの絵を通して、それこそ初めてSF小説を手に取った、という少女も多いだろう。
萩尾さん、なんとガンダムまでやってらっしゃる。
機動戦士と少女の世界の垣根を、見事に取っ払われたようだ。
こんな風に萩尾作品を介して、未知なる世界の扉を開き、お互いの領域の面白さを発見した人はたくさんいたはずだ。

萩尾さんの絵は美しさを増していく。
少年誌で描かれた時に、タッチの力強さを意識されたそうなのでその反動なのか、そこはちょっとらわからないが、より繊細な線で、繊細な世界を描きだされている。
繊細といってもひ弱ではない。
生命の儚さの真実を写し出すための、どーんとした力強さでさえある気がする。

才能の種類にもいろいろあって、その定義も人それぞれだと思うのだが、「あ、この人才能あるな」と私が(おこがましくも)感じるのは、身体は生きたまま、棺桶に片足を突っ込んでいるような視界の持ち主である。
身体を形どるものがある世界に生きているにも関わらず、視界はそこだけに留まらない。
人は生きて死に、万物は流転する。星だってそうだ。きっと宇宙はそんなものでできている。
儚くて、でもそこには不変(普遍?)の何かが泰然としてある。
作家さんでよく、シャーマンタイプ、と言われる方がいらっしゃるが、あれはどんな人格にも憑依可能な、恐山のイタコさん的意味合いで使われている事が多い。
でも私が才能があると感じるシャーマンタイプは、どちらかと言うと沖縄のユタのような、人間と自然界を繋げる役割の性質をもった人なのだ。

科学的知識が乏しい私が言うと怪しげなスピの回し者みたいで説得力がなく、萩尾さんにも申し訳なくてとても残念なのだが、それでも言わせていただくならば、萩尾さんはまさにそんな性質の持ち主だと思う。
人間は人間で、自然界は自然界で、この二つは切り離されているわけではない。
共に常に密接に繋がっている。
やがて人は死んで自然と一緒くたになるのだ。
いや、生の営みだって、その一緒くたの中なのだ。

「ナショナル ジオグラフィック」という世界的に有名な雑誌がある。
アマゾンや深海の生物から、古代遺跡、かたや大都会・かたや辺境の地の人間の暮らし、大震災等、いろんな場所の現状、実態を報道している、生命のドキュメンタリー雑誌だ。
写真も多く掲載されている。
そのほとんどが、「ちょっと行って撮ってきました!」、という感じで撮れるものではとうていない。
その写真がとても美しい。
カメラマンの腕もさることながら、被写体の生命の真実を撮るのだ、という被写体に対する誠実さと情熱を感じとれるからかもしれない。

ニュースなどで時々見かけるNASAの映像もとても美しいと思う。
あの映像だって人間の最高峰の科学の力の結晶だ。
現代ではまだ、「ちょっと行って撮ってきました!」、と言って撮ってこられるものでは、とうていない。
そのNASAの映像を見た時に、宇宙の神秘、DNAに微かに刻まれている生命の記憶に迫るような気分になって、つい「美しい…」と見惚れてしまう。

萩尾さんの作品にも同じ事を感じる。
もちろん萩尾さんが深海に潜られたわけでも、エベレストに登られたわけでも、宇宙船に乗って宇宙を旅されたわけでもない。
完璧なフィクションである。
それでもやっぱり真実だ、と思える説得力がある。
それは萩尾作品は萩尾さんの頭で考えられ(それこそ第六感と言われるものまでつかい)、身体を通して伝えられるものだからなのだろう。
そういうところがシャーマンっぽいと思うのだ。

頭で考えて身体で伝える、と言ったらものをつくる人はみんなそうだ、と思われるだろう。
みんなそうなんだが、私は萩尾さんの視界がすごいと思うのだ。
清濁飲み込んだ上でなお透明な世界観、その世界観を支える壮大で深淵なる宇宙観。
こういうものを萩尾さんはどうやって培ってきたのだろう。
わからないから人は簡単に、才能だ!天才だ!って言うんだろう。

私はただただ萩尾さんの宇宙観の美しさに見惚れていた。
何度も何度も行きつ戻りつして、展示場の中を漂っていた。

とても素晴らしい体験でした。



萩尾さんの名作は、SFだけではありません。
これこそ萩尾さんの代表作!という作品は、おそらくファンによって全然違ってくると思います。
なのでオススメ作品を挙げるのは若干気がひけるのですが、中でも特に有名な作品は見つけやすいと思うので、機会がありましたらぜひお手にとって読んでみてくださいね。

私は未読ですがなにしろ有名。少女漫画界の伝説的作品。美しい吸血鬼の少年少女のお話。

「半神」
たった16ページ。なのにここまで人を感動させられるのか!、と、胸つまる作品。
腰のあたりで身体が繋がっている、双子の少女のお話。野田秀樹さんにより、舞台化もされている。奇跡の16ページ。

ドイツのギムナジウム(高等中学)を舞台にした、ガラスの少年達のお話。罪とは、汚れとは、愛とは。チラつく打ち切りをかわし、名作にまで押し上げた、萩尾作品の中でも特に文学的要素の強い作品。よくある文庫の夏の名作100選みたいなのに入っててもおかしくない。


萩尾さん現在67歳、第一線で活躍されてます。
萩尾さんほどの大きな才能を持たれる方の葛藤、続けていく事のご苦労は、私には計り知れません。
偉大なる作家の先生方に、いつも教えられたり救われたりする事ばっかりです。





そんな私はというと。

だいぶ回復したので、「きみは才能ある」というお言葉、受け付けております。

言ってください。
もっともっと。




    
 














文豪に猫(猫編)

さあ、シフトチェンジだ。

文豪編は鏡子夫人の手前、どうしても思いを秘めざるを得なかったが(どこがだ)、お次はみんなに愛されてナンボの展覧会である。
思いを押して押して押し出していきますよ!!!

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ジャーーーーーーーーーーーーン!!!!!
横浜そごう美術館の「あそぶ浮世絵ねこづくし」展!!!!!!

可愛かったですよ!
愛らしかったですよ!!
面白可笑しかったですよ!!!

歌川国芳、国貞、広重、月岡芳年などの有名どころから、無名な作家の作品まで、よくもまあこんだけいろんなバリエーションの猫を描いたもんだ!と感心してしまう。
ほうぼうから「かわいー」「かわいー」の声が飛び交ってくる。
ネコ好きがネコ愛にどっぷり浸れる展覧会でありました。

そして忘れちゃいけない、私が行った日は22日。
この日はニャーニャーの日にちなんで猫グッズを持って行った人は観覧料が半額になるという素敵な日!
だから持って行きましたよ、このコを!!
観ました展覧会を抱えながら、このコを!!!
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リサ・ラーソンの猫のぬいぐるみ!!!
実はこのコ、3年前にウチの猫が他界した時に、家族からもらったコなのです。
目つきが悪いところが似てると。
確かに似てる。
だから持ち運ぶにはちょっとばかり大きいけれど、グッズとして持っていくならこのコかなと。
漱石展に行った時でも鞄の中にはこのコがヒッソリ潜んでおりました。むふふ。
首のリボンはお出かけ用のオシャレ。
もらったお菓子の箱に付いてた物。

そして撮影可能スペースにて記念撮影。
片手に猫を持ちもう片手にスマホを持っての撮影。なかなか手こずる。
その様子がコチラ。

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そして。

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むふふ、むふふ♡
こちらも。

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そしてやっと。

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むふふ、むふふ♡

猫が好きだという気持ちで攻めていった展覧会。
こんな攻め方、相手が生身の人間だったら「キモい!」「ウザい!!」「ひく!!!」という言葉で憐れバッサリ撥ねつけられてしまうのでしょうね。
でも美術館は違う。
受け入れてくれる。
中でも今日は特にそれが許される日。
ああ美術館って素晴らしい。
大好きだ、美術館!
ありがとう、ありがとう横浜そごう美術館!!!

これを読まれる方の中には、もういい年した大人なんだから、そんな猫のぬいぐるみを抱えて展示場を練り歩いてたら、危険人物だと見なし遠巻きに眺めてた観覧客もいただろうと心配して下さる方もいらっしゃるかもしれない。

心配御無用である。

なにしろニャーニャーの日だ。
猫好きの中には、大人だろうが子供だろうが積極的に猫好きをエンジョイする人が、それこそ猫の数だけいるのだ(言い過ぎか、いやいるに違いない)。
こんなチャンスを逃す訳がない。

だからこの日も猫のぬいぐるみを抱えて猫を鑑賞した人が何人も。
さらなる強者は猫の着ぐるみを着て、自分自身が猫になって観てまわった人も。
きっとそんな人がたくさんいた。
そう確信している。



私が行った時は、私一人きりだった。

それも、きっと、たまたまだ。





文豪に猫(文豪編)

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。」

文豪、夏目漱石の「草枕」のあまりにも有名な出だしである。
私がまだ子供だった頃、父や、よく楽しい話を聞かせてくれた母方の叔父が、この冒頭からもうちょっと後のところまでを、スラスラスラッと暗唱するのを聞いていた。
なんだか意味がわかんないけどこの大人達は頭がいいなぁ!っとえらく感心しながら聞いてたものだ。
そして大人になった私はまだ暗唱できない。

それでも言う。
私は夏目漱石のファンである。
著書のすべてを読んだわけではない。
それでもファンなのである。

先日、その漱石の展覧会に行ってきた。
神奈川近代文学館の「100年目に出会う夏目漱石」展。
今年は漱石没後100年、生誕150年にあたる。
節目の年である。

渋谷から元町・中華街まで運んでくれる東急東横線の中で「吾輩は猫である」を読む。
漱石展と、その後に行くつもりの展覧会に向けて気合い充分だ。
それにこの「吾輩は猫である」は、父や叔父の影響だけでなく、私自身が初めて「あ、この作家さん、好きだ」と思った、私にとって初めて心を開いて漱石と対面した記念すべき作品なのである。

電車を降りて出口に向かう途中、展覧会のポスターが目に入る。
見慣れた漱石がそこに。
机に肘をつきこめかみ部分を手で支える、国語の教科書でよく見かけるあのポーズである。
ときめいてしまう。
漱石ってちょっとかっこよくないですか?

文字通りあばたもえくぼかもしれないが(漱石はあばたがコンプレックスだったので)、それまではなんとも思ってなかったのに、自分が「好きだ」と自覚してからは、好きだと思う相手の姿を見かけるたびにいちいち胸がキュンキュンするような女子学生状態になって早ウン年なのである。
こんな事言うと不純なファンだと、自称純粋なファンに怒られてしまうかもしれないけれど、こんな私だって純粋なファンですよ、自称。

さて漱石展、ちょっと迷子になった後、文学館にたどり着く。
大きな漱石のポスター。
ドキドキ。パシャリ。(記念撮影)


展示場に入っていきなり、漱石が執筆をしていた部屋、漱石山房が目に入る。
もちろん再現されたものなのだけれど、実際に使われていた机、筆記具、その体重を預けた擦り切れた絨毯、その思想を支えた書物を入れてただろう本棚。
漱石が魂を込める覚悟がつまった空間だ。

そこから漱石の生い立ち。
若い漱石。かっこいい。(怒らないでください)
昼寝の姿にキュンとなる。
鏡子夫人との見合い。
同時代に生きていたなら私が妻になりたかった。ああうらやましい。
でも鏡子夫人だったからあの夫婦は良かったんだろう。
私もいつかあんな夫婦になりたい、いいないいな、と、ひとしきり思った後、漱石の作家時代に入る。

ここからはときめきだの胸キュンだの言っていられなくなる。
漱石の作家としての覚悟がヒシヒシと伝わる内容だったからだ。
なにしろたった十年であれだけの名作を残した人である。
気難しくて癇癪持ちだったと言われる漱石
そんな人が作家だなんて神経を擦り減らす仕事をして(そんな人だからこそなのかもしれないが)、支える家族もさぞ大変だっただろう。
まだ小さな子供に癇癪をぶつけた事もあったそうだ。

そんな漱石でも子供達には綺麗な着物を買い与えたという。当時本来なら母の仕事であるはずの雛人形を買いに行くのも、毎年漱石が子供達と連れ立って行った。その後はその時間を慈しむように一緒に嬉しそうにお菓子を食べたそうだ。

涙腺が緩む。

家族と一緒の写真が何枚もある。
あの頃の時代の人にしてはきっとたくさん撮った方だろう。
小さい子供と一緒に写る漱石は、威厳を感じさせる。
子供が懐く、という感じの写り方ではない。
それまで漱石一人や仲間と一緒に写る姿には思わなかったのに、子供と一緒に写る漱石はなんだか私の父に似ている気がした。

私の父も気難しい人だった。
でも愛情のある人だった。
けれど気難しい人であったがゆえに、私も父に対して素直になれなかった。
お互いに一緒にいても、いつも気まずい思いを抱えていた。

人間の孤独を書いた漱石
少し寂しかった人のことを思い出してしまった。

その後の展示が、漱石の著書の中でもう一つ、私が作家として宝だと思ってる本についての展示だった。
「私の個人主義」である。
作家として「魅せる」方の一番として、私は「吾輩は猫である」を挙げる。
それに対して作家として「在る」方の一番として、「私の個人主義」を挙げる。
この本にはずい分励まされた。
そんな大事な本の展示なのに、その前の展示から図らずも涙が止まらなくなり、他の人にばれないかハラハラしてしまって集中して見れず、大変困った。

それでもこの展覧会からは、漱石が生涯を通して貫いたこだわりが、痛いほど伝わった。
社会の中で個としての責任を全うするためには、孤独も止むなし。
そんな思いが自筆の生原稿から、構想メモから、知人に宛てた書簡から、万年筆のインクの美しい書体を通して伝わってくる。

個としての責任を全うするために漱石は小説を書いた。
孤独と対峙した。
胃が弱かった漱石
きっと漱石にとって小説を書くという行為は、命を削るという事と、同じだったかもしれない。

漱石の臨終前の写真がある。
身だしなみをいつもきちんと整えている印象の漱石のおぐしが、少し乱れているように見える。
「写真を撮ると死にそうな人が治る」という話を聞いた子供達の願いによって、漱石にばれないように撮られた一枚である。
父と一緒にこれまでたくさんの写真を撮ってきた子供達は、まさかこんなかたちで父の写真を撮る日がくるなんて、夢にも思わなかっただろう。
子供達の願いは叶わなかった。
漱石49歳。

「現代に生きる日本人の孤独を書いた漱石」とよく言われるが、彼が書いたどんな重たい小説の中にも(まだすべては読んでないが)必ずどこかプッと笑ってしまう箇所があって、私は漱石のそんなところが好きである。
美しく紡ぎ出される日本語の中から、それは不意にあらわれる。
漱石は神経衰弱も患った事がある事から、どうしても悲観的思考に陥りがちな人間の、なんとか我が身を救う手段としてのユーモアだったのかもしれない。
そんな漱石の泥水の蓮のようなユーモアが其処此処に散りばめられているのが、「吾輩は猫である」、である。
これは本当に面白い。
マネしたい。
できないが。

観覧者は、漱石の本が読まれてきた年月の分、層も厚い。
いろんな人がいる。
年配の男女の二人連れに大声で話しかけてる、やはり年配の男性がいた。
自分の事をあーだこーだと話してる。
漱石展なのに漱石の「そ」の字すら出てこない。
男「旦那さんは何型ですか?」
「…あ、えーと、A型です」
男「それで奥様は」
「あ、あの、わたくし、奥さんじゃないんですよ。イトコなん…」
男「あたしゃーえービールが好きでね!AB型なんですよ!」
人の話なんか聞いちゃあいない。
年配のイトコの二人連れはそそくさと男性から離れ、展示に戻る。
イトコの男性の方の手が女性の肩にまわされる。
展示について耳元で囁く。
女性はしきりに感心する。
「こうちゃんはすごいのねぇっ。理系でも文系でも、なんでもよく知ってるのねぇっ」
「いやハハハ、それほどでもないよ」
そんな二人連れの側を足音高らかに、まるで毎朝の日課のウォーキングかのように、軽やかに歩きぬく男性がいた。
展示場内を一周。また一周。さらに一周。
面白い。
みんなまるで「吾輩は猫である」に出てきそうな人達だ。
さすがは漱石展だ。
漱石だったら、どう書くだろう。

展示場を出て中華街で昼食をとり、次に行く展覧会へ向かうため駅に戻る。
漱石展のポスターの写真とまた出くわす。
またときめいてしまう。
漱石展に行く前は喉の下の方でときめいていたような気がするが、今はもう胸の下の方まで下りてきてしまったようだ。
根を張られしまった心持ちがする。

「こころ」で先生が主人公に言うセリフがある。
「しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか。」

でも先生。
文豪とのこんな恋も、悪くないと思いますよ。